こんばんは。
今回は、小学校のころ字形をテキトーに覚えてきたが故に、誤りの字を書いてしまった私の話です。
書写の観点から覚えておくべき事件だったので、もう2度と間違えないぞという戒めと、おまけの考察をまとめ書いておきます。
「はらう」「とめる」問題
まずは、以前私が書いた字について、書写の”誤り”を指摘してみましょう。
(字形のマズさにはひとまず目をつぶってください。いつか差し替えよう。)
答えは、10画目の右払いになってしまっている箇所。止めるのが正解です。
1字の中で2ヶ所右払いしない習慣
これは、1字の中で2ヶ所は右払いにしないという楷書の習慣からきているようです。
書道字典で”遠”を検索し、当該箇所に着目してみます(俗字のため形が異なります)。
楷書が確立された唐代の”遠”は、1字の中でしんにょうの箇所のみ右払いしています。
角川書道辞典より抜粋
ここからは、何故その習慣ができたのかを勝手に想像してみます。
理由その1:美意識からくる演出
『大きく力強い右払いは、かなりの格好良い見せ場になるので、それ以外のところは控え目に留めて おいた方が字として美しい。』
理由その2:運筆上の都合
『10画目の次は、左上のしんにょうの点につながるので、点にした方が筆運びのリズム的に理にかなっている。力をこめた右払いにすると、しんにょうの点に繋がりづらい。』
また、他の字のケースも確認してみます。
角川書道辞典より抜粋
「…本当だ、2カ所払ってない!すごい!」などと新鮮な驚きを覚えつつ、
上記のように、字の途中で右払いが登場するケースもあるので、『理由その2:運筆の都合』は違うように思えてきます。
そもそも楷書は、運筆上の効率を犠牲にしながら美しさを追求するところが多々見受けられますし…
ですので、一番大きい右払い以外の画以外は控え目に書くという『理由その1:美意識からくる演出』説を推したいところです。
“しんにょう”右払いの格好良さには、主役として華を持たせてあげたいなぁ(好み)。
他に有力説や調べる術などあるのかもしれません。コメントいただけますと本当に嬉しいです。
“遠”と”園”
ところで、”遠”と似たパーツが登場する”園”という字があります。
(ちなみに”園”も”遠”と同じく小学2年生の学習で登場します。)
実は、同じように見えるパーツでも”遠”では誤りとされた箇所が、”園”においては払うことが許容の形とされています。
『許容の形』について、詳しくは後述しますが、学校で○をもらえる書き方のことです。
“園”には他に右払いの箇所が登場しないので、許容されたのではないかと思った次第です。
最後に、書写の『許容の形』について補足しておきます。
文字を書く行為は筋肉運動の一種です。したがって、文字を書く環境や書き手の心理的・生理的状態などによって、点画や字形に微妙な差異が出現するのは当然です。その際や程度が文字の正誤に関わらず、読みやすさを損なわない書き方を一般に「許容される書き方」と言います。
大人が学ぶ小学校の漢字(二玄社)p.44より抜粋
おまけ
字形ルールを頭に詰め込んでいるうちにもやもやして来たので、頭の中を整理してみました。
美しい字を構成するの点画の役割を考えているうちに、ついついキャラクターの設定になり、サムネになった次第です。。
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